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古文
松尾芭蕉(奥の細道)岩手
平泉 中尊寺
五月雨の降残してや光堂  平泉は藤原三代が築いて繁栄した地です。中尊寺の堂や僧坊は三百を越えましたが、二百年後にはそのほとんどが失われました。芭蕉が訪れた時、もとの形をとどめていたのは、現在国宝である金色堂だけでした。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)岩手
中尊寺 芭蕉像
中尊寺の旧覆堂の近くに芭蕉像が立っています。芭蕉は経堂と光堂に詣でたことを記し、霜や雪で朽ち果てて草むらになるところを、新たに鞘堂を作って風雨をしのぐことができて、千年の記念をそのまま残せたことに感服しています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)岩手
平泉 毛越寺 庭園
奥州藤原氏は平泉に多くの仏寺を造営しました。極楽浄土を再現したといわれる毛越寺もその一つで、庭園は浄土庭園と呼ばれ、大泉が池のゆったりとした風情が、浄土である安らぎの世界を象徴しているといわれています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)岩手
毛越寺 芭蕉句碑
二代藤原基衡が七堂伽藍を建てたといわれる毛越寺。広大な浄土庭園で知られています。本堂の前には、夏草やの句碑があり、新渡戸稲造が訳した英文の句碑もあります。

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古文松尾芭蕉(奥の細道)岩手
高館義経堂
夏草や兵どもが夢の跡  平泉の北上川を見下ろす丘に源義経を祀る義経堂があります。兄頼朝に追われた義経は、逃げ延びてきますが、四代泰衡は頼朝と通じて義経を討ちます。この句からは、若くして果てた義経の悲哀がよみとれます