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古文
松尾芭蕉(奥の細道)東京
深川 芭蕉庵跡
松尾芭蕉は寛永二十一年(1644年)伊賀の国上野(現在の三重県上野市)に生まれました。若いころから俳諧を始め、二十九才のとき江戸に下りました。のち深川に居をさだめ、ここが芭蕉庵と呼ばれるようになりました。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)東京
深川 芭蕉庵史跡展望庭園
松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったのは、元禄二年三月二十七日(陽暦では五月十六日)四十六才の時でした。出発の日、上野や谷中の花をふたたび見ることができるのだろうかと、はやる思いと同時に、心細くもある旅立ちをします。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)東京
深川 採茶庵跡(1)
草の戸も住替る代ぞ雛(ひな)の家  東京の清澄通りの海辺橋のたもとに採茶庵跡があります。元禄二年の春、奥の細道に旅立つ前、芭蕉はそれまで住んでいた芭蕉庵を人にゆずり、門人だった杉山杉風の別荘採茶庵に居を移します。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)東京
深川 採茶庵跡(2)
元禄二年三月二十七日(陽暦五月十六日)芭蕉は、ここ江戸深川の採茶庵から、曾良とともにみちのくへ旅立ちます。芭蕉四十六歳の当時としては大冒険旅行ともいえる出発でした。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)東京
千住 矢立初の碑
行春や鳥啼き魚の目は泪  芭蕉は曾良を伴い深川から船で千住につき、上陸した後、日光街道を北に向かいます。千住大橋のたもと大橋公園に「矢立初の碑」が建てられています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)東京
千住大橋
奥の細道に「むつましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗りて送る。前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそそぐ。」とあるように、芭蕉は親しい人たちと別れ、ここ千住から陸路みちのくを目指します。