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古文
松尾芭蕉(奥の細道)富山
倶利伽羅峠(1)
あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風  深川を出てすでに三ヶ月半、北国はすでに秋。芭蕉は、旧北陸道の倶利伽羅を越えています。越中と加賀の境にあるこの峠で、源平の戦いが行われたことは、あまりにも有名です。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)富山
倶利伽羅峠(2)
義仲の寝覚めの山か月かなし  平家の軍勢10数万が集結したといわれる倶利伽羅峠の猿ヶ馬場には、源平供養塔などが立っています。画像は倶利伽羅峠猿ヶ馬場にある江戸時代に建てられたといわれる芭蕉の古い句碑です。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)富山
倶利伽羅峠 源平合戦碑
芭蕉は、高岡を出発したあと、倶利伽羅峠を越えて金沢に向かっています。この時代江戸期には、加賀前田藩の参勤交代の道でもあり、多くの人たちが通行しました。画像は猿ヶ馬場付近にある源平合戦の記念碑です。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)富山
倶利伽羅峠 義仲火牛の計
寿永四年(1183年)木曾義仲は、牛の頭に松明をつけて平惟盛の率いる平家の大軍に攻め込み、戦に大勝します。芭蕉は、歴史で知られる地ばかりでなく、そこに登場する人々に大きな関心を抱いたのでした。