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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
封人の家
蚤虱馬の尿する枕もと  封人の家というのは国境を守る役人の家ことです。仙台領と境を接する新庄領の庄屋の住宅だったといわれています。現在の建物は芭蕉がようやくここにたどり着き、泊まったころの様子を今に伝えています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
封人の家 内部
奥の細道には「大山をのぼって日すでに暮れければ、封人の家を見かけて宿りを求む。三日風雨荒れて、よしなき山中に逗留す」とあります。内部は土間に入ったところ右側に厩(うまや)があり、左側に板の間と座敷があります。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
立石寺
山寺と呼ばれている立石寺は、貞観二年(860年)慈覚大師が開いた天台宗の霊場です。芭蕉は一見の価値があるからと人にすすめられて、予定にはなかったここ山寺を訪ねています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
立石寺 芭蕉と曾良像
閑さや岩にしみ入る蝉の声  天台宗立石寺、ここ山寺に参詣して詠んだといわれるこの句は、芭蕉の名を永く後世に残しました。現在、芭蕉顕彰碑をはさんで、芭蕉と曾良の像が立っています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
最上川
五月雨をあつめて早し最上川  庄内の母といわれる最上川。芭蕉は「五月雨をあつめて涼し最上川」と詠んだのですが、のち「はやし」に訂正したのは、舟下りをして早い流れを実感したからだともいわれています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
最上川舟下り
芭蕉が最上川を下るときに舟に乗ったのは、本合海から清川までです。現在は古口から最上川芭蕉ラインという船便があります。古口の乗船場は、江戸時代の戸沢藩船番所を模して、当時の雰囲気を伝えています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
最上川 白糸の滝
日本三大急流の一つといわれる最上川ですが、穏やかな日は、ゆったりと流れています。しかし芭蕉は、「水みなぎって、舟あやうし」と書いており、流れが速かったのでしょう。白糸の滝が流れ落ちる様子も記しています。

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古文
松尾芭蕉(奥の細道)山形1
最上川 芭蕉上陸の地
舟下りをした芭蕉が降りたった清川には鶴岡酒井藩の番所がありました。この関所跡には「芭蕉上陸の地」の標示があり、芭蕉像が立っています。