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古文
紀貫之土佐日記2
日和佐
徳島の日和佐には断崖絶壁の千羽海崖があります。「廿三日 このわたり海賊の恐れありといへば、神仏を祈る。」とあり、一行はほんとうに海賊の来襲を心配しています。そして海賊を避けるために夜中に船を出したりしています。

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古文
紀貫之土佐日記2
土佐泊
鳴門海峡に面したここ土佐泊の潮明寺境内には、「年ごろを住みしところの名にし負へば 来寄る波をもあはれとぞみる」という土佐日記の歌碑が建てられています。土佐という地名をなつかしんで詠んだ歌です。

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古文
紀貫之土佐日記2
安治川河口(1)
日記には「六日 澪標の下より出でて、難波に着きて、川尻に入る。みな人々、嫗、翁、額に手を当てて喜ぶこと二つなし。」と、人々の喜ぶ様子が記されています。一行はここでようやく海と別れてこの安治川の河口から淀川に入ります。

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古文
紀貫之土佐日記2
安治川河口(2)
紀貫之一行は、安治川をさかのぼって京にむかいます。しかし、ここに至っても、水が干上がっていたりして船が進まず難航しています。画像は現在の安治川河口ですが、当時は全くちがった風景だったことでしょう。

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古文
紀貫之土佐日記2
住吉大社
住吉大社は、航海の守護神として日本書紀にも書かれており、奈良時代の遣唐使の派遣や永い航海にさいしては、ここで航海の無事を祈りました。海神をまつる住吉大社と海の旅日記ともいえる土佐日記とは、深いつながりがあるといえます。

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古文
紀貫之土佐日記2
住吉大社 境内
紀貫之の一行は、船が逆風で進まないので、海に鏡を投げ入れて順調な航海を住吉の神に祈ります。住吉大社は、現在よりもっと海が迫っていて、船から眺められたともいわれています。

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古文
紀貫之土佐日記2
石清水八幡宮(1)
土佐日記には「十一日 雨いささかに降りて止みぬ。かくてさし上がるに、東の方に山のよこほれるを見て人に問へば、「八幡の宮」といふ。これを聞きて喜びて人々拝み奉る。」とあります。この八幡の宮が、ここ石清水八幡宮です。

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古文
紀貫之土佐日記2
石清水八幡宮(2)
石清水八幡宮まで戻ればもう京の都は近いと、紀貫之は、この近くの山崎に上陸して、懐かしい我が家に帰ります。しかし、荒れ果ててしまった我が家の前に立ち、失望落胆するところで土佐日記は終わっています。