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古文
万葉集富山
越中国庁跡(1)
大伴家持が、越中の国司として赴任したのは、天平十八年(746年)から天平勝宝三年(751年)までの五年間でした。当時の国庁は、現在の高岡市の勝興寺付近にあり、家持を中心に越中歌壇を形成し、万葉集に多くの歌を残しました。

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古文
万葉集富山
越中国庁跡(2)
しなざかる越に五年住み住みて 立ち別れまく惜しき夕かも 卷19-4250 大伴家持  この歌は、家持が越中国守として五年間の任期を終え、都に帰る送別の宴のとき詠んだ歌です。画像は越中国庁があったとされる現在の高岡市の勝興寺付近の風景です。

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古文
万葉集富山
大伴家持越中の歌碑
春の園紅にほふ桃の花 下照る道に出で立つ娘子 卷19-4139 大伴家持  寒い北国でようやく春を迎えた喜びの歌です。有名な樹下美人図のような見事な世界を詠んだ歌として、家持の代表作の一つになっています。高岡市にある歌碑です。

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古文
万葉集富山
二上山の家持像
玉櫛笥(たまくしげ)二上山に啼く鳥の 声の恋しき時は来にけり 卷17-3987 大伴家持 越中国庁に続く台地が二上山です。大和の二上山と同じ名だということに親しみを感じたことでしょう。現在、家持の像が麓を見下ろすように建てられています。

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万葉集富山
奈呉(なご)の江
湊風寒く吹くらし奈呉の江に 妻呼び交し鶴さはに鳴く 卷17-4018 大伴家持  当時、この新湊一帯には、鶴がたくさん飛来していました。家持が越中に赴任していた時に、妻と離れて暮らす寂しさを詠ったとする説があります。

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古文
万葉集富山
渋谿(たに)の崎
馬並めていざ打ち行かな渋谿の 清き磯廻に寄する波見に 卷17-3954 大伴家持 二上山の北に男岩、女岩の渋谿の崎があります。大和で育った家持には、荒波の海が珍しかったのでしょうか。馬を連ねて波を見に行こうという歌です。