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古文
紫式部源氏物語1
野の宮あたり
伊勢神宮に奉仕する齋王は、赴任する前の一年間、当時、野の宮にあった潔斎所に籠もらなければなりませんでした。源氏物語「賢木」には、源氏が六条御息所をこの地に訪ねる名場面があります。画像は現在嵯峨野にある野宮神社です。

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古文
紫式部源氏物語1
廬山寺
源氏物語を書いた紫式部の生家は、現在の京都の廬山寺境内だったとされています。結婚した後も、ここに住み、夫藤原宣孝は、ここに通っていました。当時は夫が妻の家に通うのが普通だったのです。

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古文
紫式部源氏物語1
廬山寺 境内の碑
紫式部日記の中に、部屋は黒くすすけていて、塵も積もっているという描写があります。紫式部はこの地で生まれ、生涯を送ったといわれています。画像は廬山寺境内にある紫式部ゆかりの石碑です。

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古文
紫式部源氏物語1
崇道神社
京都小野の里に、早良親王を祀った崇道神社があります。小野の里は、源氏物語の舞台として登場しています。御息所が病気になり、小野にある山荘に移ったとき、夕霧が見舞いに行く場面です。

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古文
紫式部源氏物語1
鞍馬寺
源氏物語「若紫」で、若紫と出会った「北山のなにがし寺」を、ここ鞍馬寺にあてた説があります。鞍馬寺は、延歴十五年(796年)藤原伊勢人が造営したものです。京都の都心から十数キロ、山中の境内は閑静そのものです。