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古文
紫式部源氏物語2
宇治十帖
源氏物語は54帖からなっていますが、45帖「橋姫」から最終の54帖「夢の浮橋」までは宇治を舞台にしているところから「宇治十帖」と呼ばれています。画像は宇治十帖をイメージしたモニュメントです。

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古文
紫式部源氏物語2
宇治の川と橋
源氏物語の宇治十帖は、「橋姫」で始まり、「夢の浮橋」で終わります。橋から橋へ、源氏物語の主人公も光源氏から、その子薫、そして孫の匂宮へと移り変わっていきます。宇治十帖は、宇治の川と橋が大きな要素を占めています。

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古文
紫式部源氏物語2
宇治上神社
宇治上神社の本殿は、現存する最古の神社建築です。源氏物語「宇治十帖」の宇治八宮の情景を彷彿とさせる佇まいを見せています。日本の王朝文化の遺産として、ユネスコの世界遺産に登録されています。

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紫式部源氏物語2
宇治上神社境内
宇治十帖には、政権抗争に敗れて隠遁した桐壺帝の皇子八宮の庵は、訪れる人もないと書かれています。宇治上神社の境内に立つと、まさに「網代のけはい近く、耳かしましき川のわたりにて」という源氏物語の情景が浮かんでくるようです。

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古文
紫式部源氏物語2
嵯峨野あたり(1)
平安時代の宮廷貴族たちは、当時、この嵯峨野あたりで狩猟や舟遊びに興じたと思われます。月を仰ぎ、虫の音に耳を澄ませながら、平安の風趣を楽しんだことでしょう。

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紫式部源氏物語2
嵯峨野あたり(2)
源氏物語「賢木」の中で、光源氏は娘について伊勢に下る決意をした六条の御息所を訪ねます。「はるけき野辺を分け入りたまふより、いとものあはれなり。」このあたりの一節は、源氏物語の名場面の一つです。画像は嵯峨野の竹林です。

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古文
紫式部源氏物語2
石山寺
平安時代の石山寺は、天皇をはじめ皇族や貴族の信仰を集めました。源氏物語執筆の言い伝えのほか、道綱の母の「蜻蛉日記」には、仏の慈悲にすがって煩悩を断ち切るため、参籠したことが書かれています。

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紫式部源氏物語2
石山寺 紫式部像
西国十三番札所として名を知られる石山寺は、紫式部が、源氏物語の須磨、明石の巻を執筆したと伝えられるお寺としても有名で、多くの参拝客が訪れています。画像は石山寺境内にある紫式部像です。

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紫式部源氏物語2
鳥辺野
平安時代から京都には鳥辺野、化野、蓮台野という三カ所の死者を葬る場所がありました。平安時代、庶民は薪を買うことが出来ず、土葬か、あるいは死体を河原などに棄てたといわれています。画像は鳥辺野付近の風景です。

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紫式部源氏物語2
宇治
宇治は京の都から、初瀬に詣る人たちの通り道で、ここで中宿りをしました。また宇治は、平安朝の貴族の別荘地でもありました。公務を離れた貴族たちも、ほっとした気分で宇治を舞台にした源氏物語などを楽しんで読んだことでしょう。