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みつめよう私たちの国土
城のある町天下の名城といわれる城
江戸城・櫓(東京都)
太田道灌が室町時代に築いたのが始まり。天正18年(1590年)夏に徳川家康が太守として入城。慶長8年(1603年)家康は、幕府の所在地として、皇居に相当する処を築城。富士見櫓、大手門、百人番所、天守台などが残る。

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城のある町天下の名城といわれる城
江戸城・桜田門(東京都)
徳川家康により幕府の城として全国諸大名の手伝い普請(天下普請:てんかぶしん)をもって築いた江戸城。築城は秀忠、家光に引きつがれ、寛永14年(1637年)に一応の完成をみた。伏見櫓、桜田門、大番所、富士見櫓などが残る。肖像画は徳川秀忠。

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城のある町天下の名城といわれる城
名古屋城・天守(愛知県)
金鯱で有名な名古屋城天守は、昭和20年の空襲で消失。今みる天守はコンクリート造りで外観を復元したもの。城址の西北に残る清洲橋は名古屋城の前身清洲城の天守または小天守を移したものという。他に櫓や門が残る。

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城のある町天下の名城といわれる城
名古屋城・堀(愛知県)
徳川家康は慶長14年(1609年)11月、名古屋築城の命令を西国外様大名たちに命じた。世にいう天下普請(てんかぶしん)である。外様大名たちは徳川幕府への忠節を表すためにも当時の最先端技術で築城にあたった。

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大坂城・天守(大阪府)
天正12年(1584年)夏、羽柴秀吉は大坂城に入り、織田信長が石山本願寺の跡地に築いた城に大改築を加え始めた。関白太政大臣に就任した秀吉は豊臣政権の象徴として城を拡張、今日の大阪市の母体をつくった。

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大坂城・石垣(大阪府)
豊臣秀吉は慶長元年(1596年)、明国使を迎えるため大坂城を壮麗な構えにした。子秀頼の代に大阪冬の陣、夏の陣により消滅。今みる大坂城は徳川秀忠、家光により新たに築かれた。極楽橋から天守が望め、千貫櫓、大手門には多聞櫓、本丸東側に高石垣が残る。肖像画は豊臣秀吉。

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熊本城・天守(熊本県)
熊本城は、豊臣大名加藤清正が築き「天下一」の名城と謳われた。大天守と小天守は西南戦争後に消失。今日コンクリートで外観復元される。関ヶ原合戦前の清正時代の天守は第三の天守と呼ぶ宇土櫓であったらしい。

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熊本城・石垣(熊本県)
阿蘇火山灰層からなる地盤を強くするため崩れにくいカーブを描く、「忍び返し」と呼ばれ高石垣を築いた。石垣上には北十八間櫓が現存し、不開(あかず)門や坪井川沿いには長塀が残る。肖像画は城を築いた加藤清正。