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みつめよう私たちの国土
城のある町中世・戦国の名城
千早・赤坂城(大阪府)
元弘元年(1331年)より61年間にわたり後醍醐天皇、および南朝側の戦略拠点だった千早城と赤坂城。肖像画にある楠木正成がゲリラ戦を意識し、籠城戦のために赤坂城、次いで千早城を築いた。現在、千早城の遺構はほとんど無く、金剛山の険しい山肌のみが見える。

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城のある町中世・戦国の名城
根(ね)城(青森県)
根城は南部氏の祖師行が築いた城。南部氏は三戸と八戸両家に分かれて争い、三戸南部氏三十六代目信直が豊臣大名となった。根城は八戸南部氏の居城であったが、近世には八戸城に移った。

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城のある町中世・戦国の名城
館山城(千葉県)
房総に覇を唱えた里見氏が築いた東京湾の入口に構えた平山城。豊臣秀吉の小田原攻めにより安房一国となった里見義康は、徳川氏に対抗する形で城を拡張、強化した。今日の天守は模擬建築で、堀や切岸が残る。

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城のある町中世・戦国の名城
久留里城(千葉県)
「南総里見八犬伝」の舞台として著名。里見義堯は天文10年(1541年)頃に房総三ヵ国の中心として当城を築き、その子義広の代に全盛を迎えた。今日、山頂に近世黒田氏時代にあったといわれる御三階櫓が復興されている。

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城のある町中世・戦国の名城
小諸城(長野県)
武田信玄、北条氏政が争った小諸城は、北条氏滅亡後に豊臣大名仙石秀久が入城。石垣造りで金箔瓦を用いた天守があがる城とした。今日、古式な手法の三の門、大手門が残る。藤村の「千曲川スケッチ」の舞台として著名。

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春日山城(新潟県)
上杉謙信の父長尾為景が築いた戦国山城。謙信は当城にあって山内上杉氏の関東管領職(かんれいしき)を継承、関東と北陸へ出兵を繰り返す。謙信の相続をめぐり養子の景勝と景虎が争う御館(みたて)の乱となった。城内には春日山城に居城した上杉謙信像が立つ。

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一乗谷城(福井県)
正しくは一乗谷朝倉氏館と一乗山城からなる。朝倉氏五代の本拠があった所。上城戸と下城戸に挟まれた谷間には職能別の町割、武家屋敷街、寺院跡があり、館跡は湯殿、中御殿、主館跡が、山頂に山城跡がある。

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唐沢山城(栃木県)
戦国時代北条氏と上杉氏が攻防戦を繰り広げた城。今日残る石垣は豊臣大名として入城した佐野了伯が築いた。了伯の子信吉の代に唐沢山城にかわり佐野城(春日岡城)に移され、山城は廃城となり、建物も破却、移築された。