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みつめよう私たちの国土
城のある町山に築かれた大名の城
大多喜城(千葉県)
天正8年(1590年)関東に入った徳川家康は安房里見氏を牽制するため本田忠勝に10万石を与え大多喜城を築かせた。忠勝は標高73mの台地上に三重の天守に相当する櫓を上げ、二の丸と三の丸を麓に配する大城郭とした。

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城のある町山に築かれた大名の城
二本松城(福島県)
別名霞ヶ城と呼ばれ、丹羽光重が若松城の支城であった二本松に新たに築城。高石垣づくりの平山城とした。今日復元されている箕輪門と櫓などはいずれも想像建物で史実と異なる。山上の石垣は畠山氏時代の遺構といわれる。

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城のある町山に築かれた大名の城
萩城(山口県)
関ヶ原合戦で広島120万石を失った毛利輝元は山口に蟄居(ちっきょ)、慶長9年(1604年)幕府は36万石で萩築城を許可した。日本海に臨む指月山を詰めの城とし、麓に五層の天守をあげる防長二国の府城を築いた。

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鳥取城(鳥取県)
天正元年(1573年)山名豊国が因幡国の府城として久松山山頂に築城。元禄5年(1692年)池田氏時代に焼失。以降城は麓の二の丸、三の丸に中心が移った。御三階櫓は二の丸塁上にあがり、天守の代用だった。城内には、豊臣秀吉に敗れた吉川経家(つねいえ)像が立つ。