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みつめよう私たちの国土
歴史のかおるまち江戸に栄えたまち(福岡県〜鹿児島県)
宿場町・筑後吉井(福岡県)
筑後吉井は日田と久留米藩の宿場として栄えた、豊後街道の宿場町。幾度かの大火をくぐり抜け、今も独特の白壁土蔵造りの商家が軒を連ねる。全国有数の富有柿の産地としても有名である。

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歴史のかおるまち江戸に栄えたまち(福岡県〜鹿児島県)
城下町・秋月(福岡県)
筑前の小京都として多くの人が訪れる秋月は、1203年原田種雄が古処山に築城したことに始まる。1623年黒田長興が藩主となり発展した。野鳥川にかかる眼鏡橋は1810年につくられたものである。

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城下町・佐賀(佐賀県)
佐賀市は別名葉隠城ともいわれた佐賀城を中心に、鍋島藩の城下町として栄えた。白いしっくい壁が続く竹下邸は、土蔵造りの住宅である。道祖元町周辺には歴史的な建物が多くのこされている。

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城下町・唐津(佐賀県)
古くから大陸との交流の要地で、元の来襲にさらされる一方、朝鮮出兵の際には根拠地になった。曵山は京都の山鉾巡行を真似て江戸時代から始まった。

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城下町・人吉(熊本県)
相良家の居城であった人吉城は、川と険しい山に囲まれ難攻不落の自然の要塞といわれた。この茅葺きの建物は「御狩屋(おかりや)」といい、相良藩主が狩りの際に休憩所として使用したもので、相良藩家老新宮家の屋敷跡に移築された。

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城下町・杵築(大分県)
杵築は平坦地が少なく「坂道の城下町」といわれた。「勘定場の坂」は北台と南台とを結ぶ坂の一つである。城が台地上にあることから台山城、臥牛城とも呼ばれた。

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城下町・中津(大分県)
合元寺の壁は宇都宮鎮房(しげふさ)が討たれた際の血しぶきで赤くなり、何度塗り替えても浮き出てくるため赤く塗られたと伝えられ、別名「赤壁寺」と呼ばれる。中津は福沢諭吉が3歳から21歳まで過ごした地で、旧居の隣に記念館がある。

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武家町・飫肥(宮崎県)
武家屋敷通りは伝統的建造物群保存地区に指定され、藩主屋敷や商家などが残されている。塀のつくりに特徴があり、飫肥石を積み上げた石垣の上に下見板張りの塀、白漆喰の塗り壁、そして頂上部は瓦葺きである。

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武家町・知覧(鹿児島県)
小道の両側に、石垣に囲まれた武家屋敷が並ぶ。この一帯は重要伝統的建造物群保存地区に指定され、閑静な佇まいから「薩摩の小京都」ともいわれる。屋敷は内門がある二重構えとなっており、これは守りの為の工夫の一つである。