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みつめよう私たちの国土
歴史のかおるまち縄文〜飛鳥時代の旧跡(奈良県)
高松塚古墳(奈良県)
古墳内部の石室は見られないが、石室の壁画や出土品は隣の壁画館で見られる。四面ある極彩色の壁画は大陸にしか見られない独特のもの。高貴な人物像と中国思想の四つの神と星座が描かれている。

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歴史のかおるまち縄文〜飛鳥時代の旧跡(奈良県)
石舞台古墳(奈良県)
古墳時代末期の古墳。蘇我馬子の墓といわれている。巨大な横穴式石室で石室の全長は約21m、石の重さは7.5t。中に入ることができ、大人が十分入れるほど天井が高い。

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歴史のかおるまち縄文〜飛鳥時代の旧跡(奈良県)
景行天皇陵(奈良県)
渋谷向山古墳ともいう。三段の前方後円墳で全長300m。記紀によれば、景行天皇は大和時代の天皇で、皇子にはヤマトタケルノミコトがいる。4世紀前半のこの時代は蝦夷や熊襲(くまそ)を討ち、大和朝廷の国土統一が図られた時代である。

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歴史のかおるまち縄文〜飛鳥時代の旧跡(奈良県)
見瀬丸山古墳(奈良県)
橿原市にある全長310mの前方後円墳で奈良県下最大の墳丘をもつ。横穴式石室に家型石棺が二つあった。今は完全に埋め戻され、入ることはできない。欽明天皇陵とする説がある。


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歴史のかおるまち縄文〜飛鳥時代の旧跡(奈良県)
崇神天皇陵(奈良県)
正式名を山辺道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえりょう)、別名行燈山古墳ともいう前方後円墳である。崇神天皇は大和を安定させた後、日本各地を平定する目的で北陸、東海、西道、丹波に将軍を派遣させた。これが「四道将軍の派遣」である。

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歴史のかおるまち縄文〜飛鳥時代の旧跡(奈良県)
箸墓古墳(奈良県)
纒向(まきむく)遺跡の中の一つで、全長278mの前方後円墳。日本書紀によれば、夫の正体を見て叫び声をあげた妻が尻もちをついたとき、箸を突き刺して死んでしまったところから名がついたという。

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歴史のかおるまち縄文〜飛鳥時代の旧跡(奈良県)
飛鳥の里・明日香村(奈良県)
奈良盆地にあり6世紀末から平城京遷都まで政治文化の中心となった。最も高い畝傍(うねび)山、見事な円錐形の耳成山、神聖視された天香久山の三山は、信仰の対象となり、また歌にも詠まれるなど生活に結びついていた。亀石の由来には境域石説など諸説ある。