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みつめよう私たちの国土お寺・神社(近畿)兵庫県
生田神社・楼門
源平合戦で平家が陣を敷いたことで知られる神社で、日本最古の神社である。当時は一の鳥居が生田浦の磯辺にあり、辺り一帯に広大な社領を有していた。阪神・淡路大震災の被害を受けたが美しく再建された。

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生田神社・境内
繁華街の真ん中に建つ緑豊かな神社。神社の奥に広がる生田の森は源平の一の谷の合戦の地にもなったところで、えびらの梅や敦盛萩など、源平ゆかりの旧跡が残っている。正月にはえびす囃子が響き、多くの参拝客で賑わう。

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生田神社・拝殿
「日本書紀」で、神功皇后が朝鮮出兵の帰途に建てたと記されている由緒ある神社。千年近い橘を主体とした本殿は戦後復興の春日造りである。天照皇大神の幼名とも伝えられる椎日女尊の女神が祭られており、拝殿には寄進者の名を記した札が並んでいる。

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伊弉諾神社・参道
国生み神話で知られるイザナギ神社の参道には、整然と石灯籠が並ぶ。下界を見た高天原の神々から「地上を固め治めよ」と命を受けたイザナギ、イザナミの神が、矛で下界をかき回して日本を創生したとする神話だが、最初にできた島がこの淡路島といわれている。

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伊弉諾神社・放生池
国生み神話で知られるイザナギ神社の神門前にある「放生の神池」(ほうじょうのしんち)である。イザナミ・イザナギ二神の故事にちなみ、病気の際には命乞いとして鯉を池に放し、快癒の礼には亀の甲羅に名を書いて放すという習わしがある。

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円教寺・仁王門
西の比叡山ともいわれる書寫山圓教寺は、康保3年(966)性空上人が開基した。仁王門は江戸初期につくられたもので、向かって右側に「阿」像、左側に「吽」像の仁王像が立っている。阿吽(あうん)は物事の始めと終わりを表している。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(近畿)兵庫県
円教寺・大講堂
経の講義などが行われる学問と修業のための堂で、圓教寺の本堂にあたる。内陣には本尊の釈迦三尊像と、文殊、普賢菩薩が安置されている。食堂(じきどう)、常行堂とコの字型に並んでいる。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(近畿)兵庫県
鶴林寺・本堂と太子堂
崇峻天皇2年(589)当時16才の聖徳太子により建てられたといわれる刀田山鶴林寺(とたさんかくりんじ)である。本堂(左)に並ぶ太子堂(右)は平安時代に建てられ、赤外線写真によって内部に涅槃図が描かれていたのが発見され話題となった。

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鶴林寺・本堂
崇峻天皇2年(589)当時16才の聖徳太子により、仏教を広める道場として建てられたのが刀田山鶴林寺(とたさんかくりんじ)の始まりといわれる。唐様式と天竺様式、和様式が折衷した本堂は、加古川市内最大の建築物でもあり、国宝に指定されている。

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鶴林寺・三重塔
崇峻天皇2年(589)当時16才の聖徳太子により、仏教を広める道場として建てられたのが刀田山鶴林寺(とたさんかくりんじ)の始まりといわれる。三面の鬼瓦などから室町時代の建築と推察される。壇上には本尊大日如来座像が安置されている。