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みつめよう私たちの国土お寺・神社(近畿)奈良県
大神神社・鳥居
三輪山を御神体とする式内社の神社で、わが国で最古の神社でもある。樹木に覆われた境内に神殿はなく、正面に三輪鳥居といわれる三ツ鳥居があり、檜皮葺き、切妻平入の主棟と千鳥破風大宮造りの向拝の拝殿があるのみとなっている。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(近畿)奈良県
大神神社・大直禰子神社
大直禰子神社はかつての神宮寺である。祭神として祀られている大直禰子命(おおたたねこのみこと)は、崇神天皇の時、神託により堺から大神神社の初代の神主として召された大神氏の始祖である。創建は奈良時代後半で社殿は国の重要文化財に指定されている。

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大神神社・狭井神社
大神神社の摂社で三輪山がご神体である。病気平癒の神様で、参道には薬木も多い。拝殿横には三輪山からの霊水が枯れることなく湧いている薬井戸があり、この水を飲めば諸病を免れると伝えられている。

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興福寺・東金堂
藤原氏の勢力が強まるにつれて氏寺である興福寺も栄えた。東金堂(とうこんどう)は、聖武天皇が叔母の病気平癒の祈願のため、薬師を本尊に建立した。堂の南側にある五重塔とあわせて東院仏殿院と呼ばれ、典型的な天平の様式を伝える復古式建築である。

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興福寺・南円堂
これこそが藤原氏の氏寺としての性格が一番強いといわれる南円堂は、9世紀に藤原冬嗣によって建てられた。現在の建物は江戸時代の建築で、八角の石壇に東面して立ち、運慶の父、康慶一門の作った木造不空羂索(ふくうけんじゃく)観音坐像を安置する。

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興福寺・猿沢池と五重塔
周囲360mの猿沢池は、興福寺の放生池である。放生(ほうじょう)とは捕らえた生き物を逃がすことで、仏教では慈悲の行いとされている。池の南端から、東寺の塔に次いで二番目に高い五重塔を見る光景は、奈良のシンボルとなっている。

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壺阪寺・大観音立像
703年、僧弁基が観音像を安置したのが始まりと伝えられる真言宗豊山派の寺。高さ20m、重さ1200tの大観音立像は、同寺が行っているインドでの難病の患者を救う事業や学校建設活動に対して、インド政府から寄贈されたものである。

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薬師寺・金堂
南都七大寺の一つで法相宗大本山。きらびやかな金堂は、度重なる焼失、倒壊をくりかえし、昭和51年(1976)4月に、白鳳時代の姿をとって再建されたもの。二重二閣の入母屋造。重閣に裳階(もこし)が付いて4階のように見える。

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薬師寺・西塔
昭和56年(1981)に再建され、国宝となっている東塔と並び、伽藍がよみがえった。高さ33.6mの三重塔だが、各層に裳階(もこし)がついているので六重のように見える。大小の屋根が織りなす姿、天高く伸びている相輪など、誠に美しい。

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薬師寺・薬師如来坐像
薬師如来は東方浄瑠璃世界の救主で、病を治す仏である。薬師寺は680年に天武天皇が、のちの持統天皇である菟野讃良皇后(うののさららひめみこ)の病気平癒を祈願して創建された。両脇の日光・月光菩薩立像と合わせ、薬師三尊像と呼ばれる。