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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
気多大社・神門
大国主命(おおくにぬしのみこと)(別名:大己貴神(おおなむちのかみ))を祭神とする能登一の宮である気多大社は、縁結びや厄除けの神として信仰を集めている。拝殿へと通じる神門は、天正12年(1584)造営という桃山風の四脚門である。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
気多大社・社殿
大国主命(おおくにぬしのみこと)(別名:大己貴神(おおなむちのかみ))を祭神とする能登一の宮である気多大社は、縁結びや厄除けの神として信仰を集め、古くは万葉歌人の大伴家持も参詣している。入らずの森を背に社殿群があり、能登らしい独特の風情がある。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
大乗寺・山門
寛文5年(1665)に、旧地の市内大乗寺坂下から移築した惣門など禅宗独特の伽藍配置は荘厳である。ふたつの山門をつなぐ参道のわきに、前田藩家老、本田家の古墳墓がある。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
大乗寺・仏殿
雲水(禅宗の修行僧)たちが厳しい修行に励む曹洞宗総持寺派の聖地で、永平寺三世徹通義介(てっつうぎかい)が入って真言宗から曹洞宗に改めたと伝わる。4度目の移転で現地に移された。仏殿は元禄15年(1702)に建立された。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
大乗寺・庭園
中央の石は仏足石(ぶっそくせき)といい、釈尊の足形を刻んだものである。古代インドでは古くからこれを礼拝する習慣があったが、日本には唐を経て奈良時代に伝わった。境内に四季折々に咲く花は白い花が多く、いかにも禅寺らしい雰囲気である。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
那谷寺・境内
養老元年(717)泰澄(たいちょう)が白山登頂の途中この地に逗留し、岩窟内に一宇を設けたことから始まる。現在の伽藍は、生保元年(1644)に加賀藩主前田利常が再建した。広大な境内は遊仙境と称される名勝。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
那谷寺・金堂、華王殿
泰澄法師により、奈良時代の初め養老元年(717)に開創。その後幾多の兵乱や焼失に遭ったが、江戸時代になって第三代加賀藩主前田利常によって復興された。平成2年(1990)には金堂、華王殿も再建された。

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みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)石川県
那谷寺・三重塔
塔の高さは相輪の先端まで約11.5m。塔の基壇は花崗岩で切石積になっている。寛永19年(1642)の創建とされるこの三重塔は、初層に中心柱を用いない積み上げ方式をとり、心柱は二層から相輪に至る。そのため、初層の内部は広い。