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静止画
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600×400、 61.4KB
みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)富山県
瑞龍寺・山門
加賀藩三代藩主前田利常が、兄利長の菩提を弔うために建立した巨刹。総檜造りの山門は、和算を取り入れて高度な計算に基づいて設計されたことが墨打ち等からわかっており、江戸時代後期の寺院建築の技術がよく発揮されている。

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600×400、 74.6KB
みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)富山県
瑞龍寺・仏殿
瑞龍寺の仏殿は鉛板葺きで、裳階(もこし)のついた禅宗仏殿様式の建築である。内部は柱を少なくして空間を広く取ってある。また細部に透彫を施すなど、巧みな技術が生かされている。

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600×400、 98.7KB
みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)富山県
長慶寺・本堂
天明6年(1786)に開山された曹洞宗の名刹だが開創者は不明。桜で知られる寺地は花を愛でた六代藩主夫人の日仙院の寄進による。禅寺らしい素朴で落ちついた雰囲気をただよわせている。

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600×400、 126.4KB
みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)富山県
長慶寺・五百羅漢
立山に面した山の斜面の木立の中に、整然と雛壇のように七層に535体の石仏、五百羅漢が並んでいる。回船問屋黒牧屋善次郎が各地より布施を集めて佐渡の石工によって彫られた。

静止画
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400×600、 93.3KB
みつめよう私たちの国土お寺・神社(中部)富山県
長慶寺・羅漢像
五百羅漢の石仏は、北前船の豪商の黒牧屋善次郎が発願して、佐渡の石工によって彫られた。重い石仏は千石船に積まれ、一旦港に陸揚げされた後、さらに神通川を船で運ばれた、完成までには1799〜1849年までの50年間を要したという。