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静止画
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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
膨大な量の土器の出土は、当時の活発な生産と消費を物語っている。三内丸山遺跡では、焼成に失敗した土器や粘土採掘穴も発見されているので、土器類はこの集落で生産されたものと推測される。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
三内丸山遺跡では、ダンボール箱にして約3万箱分の土器が出土した。その大半は、縄文谷、南北の盛土の遺物廃棄ブロックからのものである。土器や石器は腐りにくいので比較的残りやすい。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況(完形)
縄文土器は縄目の模様がついた土器で、主に煮炊きに使われた。土器は時代や地域によって形や模様に特徴がある。三内丸山遺跡は縄文時代前期中頃から中期終わり頃にかけて栄えた、円筒土器文化の時代である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
三内丸山遺跡出土の土器は、縄文時代早期〜後期、弥生時代、平安時代、中世、近世のものである。このうち、主体となるのは縄文時代前・中期の円筒式土器とこれに続く大木式系の土器である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
三内丸山遺跡から出土する遺物の中で、最も多いのが、縄目模様を持つ縄文土器である。三内丸山遺跡の集落が繁栄したのは、この縄文土器文化の時代の中でも、円筒土器文化の時代である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
土器に刻まれた縄文は、装飾であると同時に、土器の土を締め、表面積を増大させ、熱効率を上げるなどの効果があると考えられている。土器は調理用具、食料貯蔵、子供の墓など多様な用途に使用されていた。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
土器の表面には、撚った縄ひもを転がしたり、押し当てたりして文様が施されている。土器の大きさは、大きいもので60cm以上、小さいもので10cm以下のものがある。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
発掘された土器や石器は、発掘現場で出土した地点や日付などを記録して調査室に持ち帰り、水洗いをした後に出土地点や日付などを注記し、破片をつなぎ合わせながら元の形に復元する。不足している部分は石膏などで穴埋めする。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
写真は台付浅鉢型土器の出土状況である。縄文時代中期の円筒上層土器で、大きさは高さが10.3cm、径が26.9cmである。縄文人はこの土器に食材を盛りつけたのであろうか。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
写真は住居の床面から出土した縄文中期の深鉢形土器である。胴体の文様は、円形と垂下する沈線文である。この土器の内部には朱が塗られており、何か特別な用途に用いられた可能性が考えられる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
縄文時代前期の単純な円筒の形をした土器は、その形から円筒土器と名付けられた。土器は粘土に植物の繊維質を混ぜ込み、細長いひも状にしたものを巻き上げて作られた。土器の内面・外面を詳しく観察すると、製作技法なども理解できる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
土器の形、文様、文様帯の幅は時代により大きく変化する。三内丸山の集落が最も栄えた縄文中期(約5000〜4500年前)の土器は、前期のものと比べて、装飾に力強さを感じることができる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
土器は縄文時代の中だけでも刻々とスタイルを変化させるし、地域ごとにもスタイルが異なる。縄文時代前期(約5500〜5000年前)の土器を円筒下層式土器、縄文時代中期(約5000〜4500年前)の土器を円筒上層式土器と呼ぶ。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
土器 出土状況
前期の円筒土器はバケツを細長くしたような形で、複雑な縄目の模様がつけられており、粘土の中に植物繊維が多く含まれる特徴がある。中期の円筒土器は大型化し、口縁部が波形になったり、縄目の他に線書きや粘土紐を貼り付けたものも存在する。(写真提供:青森県教育庁文化課)

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三内丸山遺跡(縄文時代)遺物(土器)出土状況
粘土塊 出土状況
写真は土器を作るためのものと思われる粘土の塊である。三内丸山遺跡では、その他に焼成に失敗した土器や粘土採掘穴も発見されているので、土器類はこの集落で生産されたものと推測される。(写真提供:青森県教育庁文化課)