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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
安土桃山時代衣服
当世具足をつける:安土桃山時代
刀ややり,鉄砲で戦うようになると,早く鎧(よろい)をつけるため,胴(どう)のわきをちょうつがいでつなぐなど,さまざまなくふうがされた。冑(かぶと)は,実用向きばかりでなく,戦場で自分のかつやくを目立たせるため,変わった形が現れた。協力:平安神宮平安講社

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
安土桃山時代衣服
当世具足の武士:安土桃山時代
戦いが,やりや鉄砲を使った方法に変わると横長の鉄の板をつないでつくるじょうぶな鎧(よろい)になった。また,肩(かた)や,腕(うで),足を守る部分などにさまざまなくふうをした。上級武士は鎧の上に陣羽織(じんばおり)をつけた。協力:平安神宮平安講社

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
安土桃山時代衣服
武家の女性の着付け:安土桃山時代
下着もごうかな模様のものになった。着物を重ねるため,留め紐(とめひも)をたくさん使ったが,まだ帯(おび)は表に見せず,ふところを大きくたるませた着物の下に結んだ。髪(かみ)は背中あたりまで伸ばし,後ろで結んだ。協力:京都織物商協会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
安土桃山時代衣服
武家の女性の服:安土桃山時代
下着だった小袖(こそで)は,時代がたつにつれ,普段着になり,美しいものが作られるようになった。上級武家の女性は,金の糸や銀の糸を布に織り込んだり,ごうかなししゅうをした小袖をさらに一枚はおった。この上着に打掛(うちかけ)をはおったりもした。協力:京都織物商協会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
安土桃山時代衣服
庶民の女性の着付け:安土桃山時代
下着には小袖(こそで)を着るだけだったので,冬は大変寒かったであろう。帯(おび)の幅(はば)は短いが,色にくふうをしてオシャレをしている。髪(かみ)の毛は背中あたりまで伸ばし,後ろで結んでいた。協力:平安神宮平安講社

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
安土桃山時代衣服
庶民の女性の服:安土桃山時代
この衣装は,武家に仕えた侍女(じじょ)のもの。自分の主人より良い服を着ることは許されなかった。一部にししゅうがあり,模様も染められている。小袖(こそで)は身分のちがいにかかわらず男も女も着られる日本の着物のもとになった。協力:平安神宮平安講社

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
安土桃山時代衣服
南蛮(なんばん)風の服の流行:安土桃山
16世紀の中ごろ,ポルトガルやスペインの船が西日本に貿易をしに来た。かれらを南蛮人(なんばんじん)とよぶ。ヨーロッパの品物や,風俗(ふうぞく),習慣(しゅうかん)は日本人の生活にとりいれられた。協力:徳川黎明会