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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代衣服
装飾品(そうしょくひん):弥生時代
遺跡からは,さまざまなアクセサリーが出土している。ガラスでできた青い管玉(くだたま)は,つなげて頭にまいた。はるか南方の海でとれる貝から作られた腕輪(うでわ)も出土するので,遠い地域との交流も想像できる。協力:佐賀県教育委員会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり弥生時代衣服
遺跡から発見された布:弥生時代
遺跡からは絹や麻(あさ)の布の切れはしが出土している。これらを調べることにより,当時の人々の服装を想像することができる。中央にあなのあるこの丸い石は,「紡錐車(ぼうすいしゃ)」とよばれ,糸をつむぐときに使われた。協力:佐賀県教育委員会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代衣服
糸をつむぐ:弥生時代
麻(あさ)のせんいや,蚕(かいこ)のまゆからとった糸によりをかけてじょうぶな糸にするためには,この紡錐車(ぼうすいしゃ)が使われた。撮影協力:酒野晶子

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代衣服
布を織る:弥生時代
人々は,すでに布を織る方法を知っていた。その道具と技術は,おそらく米づくりと同じように大陸や朝鮮半島から伝えられたのだろう。撮影協力:酒野晶子

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代衣服
弥生の人々の服(男性):弥生時代
「魏志」倭人伝(「ぎし」わじんでん)によると,3世紀頃の日本では,そでがなく,ひざまでの長さの服を着ていた。このような服のつくりは,水田の水をすいあげることもなく,また背中を強い太陽の日ざしから守り,米づくりの作業に適していた。撮影協力:武田佐知子

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代衣服
弥生の人々の服(女性):弥生時代
「魏志」倭人伝(「ぎし」わじんでん)によると,女性は2枚の布をはぎ合わせて,幅広い布のようにし,そこから頭を出して着ていた。撮影協力:酒野晶子

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代衣服
卑弥呼の服(白):弥生時代
「魏志」倭人伝(「ぎし」わじんでん)は卑弥呼の服についてはふれていない。この卑弥呼の服装は,国産の絹などの素材で服をつくり,中国からもたらされた高級なおびをつけて再現した。卑弥呼はこのような服を着て,人々に力を見せつけたのだろう。協力:大阪府立弥生文化博物館

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代衣服
卑弥呼の服(青):弥生時代
魏(ぎ)の皇帝(こうてい)が卑弥呼に中国の王の服をおくったことが考えられる。この服装は,当時の中国の貴族女性の服に,古代の日本風の色やアクセサリーなどを加えて再現した。人々が見たこともないような服で力を見せつけたのだろう。協力:大阪府立弥生文化博物館