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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代食事(米づくり)
しろかき:弥生時代
春は米づくりの準備だ。水田に水をひき,それが終わると「しろかき」をして水田を整えた。そのときは「田げた」とよばれる平らな板のげたをはいた。足がどろにもぐって動けなくならないようにするためだ。協力:大阪府立弥生文化博物館・佐賀県教育委員会・福岡市教育委員会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代食事(米づくり)
田植え:弥生時代
水田の準備ができると田植えが始まる。米づくりはむら全体の共同作業であった。やがて経験豊かな指導者たちが人々の作業を指導するようになり,指導する者と働く者との,身分のちがいも出てくるようになった。協力:大阪府立弥生文化博物館・佐賀県教育委員会・福岡市教育委員会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり弥生時代食事(米づくり)
あぜの整備と草かり:弥生時代
水は米づくりに欠かせないため,田の水がかれないように水を引き,また余分な水を捨てられるように,用水路や排水(はいすい)路,あぜが整備された。田のまわりの草かりには,鉄のかまが使われた。協力:大阪府立弥生文化博物館・佐賀県教育委員会・福岡市教育委員会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代食事(米づくり)
稲かり:弥生時代
秋になると稲かりにかかる。稲があまり実ると,もみが稲穂(いなほ)から落ちてしまう。そこで,石包丁(いしぼうちょう)や鉄の「つみがま」とよばれる道具で,成長の早いものから一つ一つ稲穂をつみ取った。協力:大阪府立弥生文化博物館・佐賀県教育委員会・福岡市教育委員会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代食事(米づくり)
米をたくわえる:弥生時代
お米は稲穂(いなほ)のまま,風通しのよい高床(たかゆか)の倉庫に保存された。吉野ヶ里(よしのがり)遺跡から発見された倉庫のあとは,大変広く,米だけでなく他のむらの人々が持ってきたみやげ品などもおさめられていたようだ。協力:佐賀県教育委員会・福岡市教育委員会

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調べてみよう! 日本人のくらしの移り変わり
弥生時代食事(米づくり)
脱穀(だっこく):弥生時代
脱穀には杵(きね)と臼(うす)が使われた。つき始めてしばらくすると米つぶのはいったもみが稲穂(いなほ)から離れ,さらに,もみがらが離れて,うす茶色の米つぶが現れる。最後にざるのような道具で米つぶともみがらをふり分ける。協力:佐賀県教育委員会・福岡市教育委員会