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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
原料の溶解
佐賀県文化財課では、九州産業大学九州産業高校と協力して銅剣の鋳造実験を行った。青銅は主に銅と錫、鉛からなる合金である。熱した炉にルツボを置き、その内部に青銅の材料である銅、錫、鉛を溶かす。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料
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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1 原料の溶解
英語説明文と日本語訳

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
溶解後の原料
青銅は主に銅、錫、鉛からなる合金である。本来の青銅器の色は白金色、または金色に近い色で、我々が普段見る青銅色は表面に浮かんだ錆の色である。写真は青銅器の鋳型に流し込む金属を溶解している様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
銅剣の鋳型づくり
佐賀県文化財課では、九州産業大学九州産業高校と協力して銅剣の鋳造実験を行った。弥生時代、銅剣の鋳型は石で作られていたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
鋳物砂の箱詰め
弥生時代、銅剣の鋳型は石で作られていたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。写真は鋳物砂を箱に詰めている様子である。箱の底には青銅器の原型が埋め込まれている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
鋳物砂の転圧
弥生時代、溶解した金属を流し込むための鋳型には、製品の形を彫り込んだ石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。写真は箱に詰めた鋳物砂を転圧している様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
鋳型の反転
弥生時代、鋳型には製品の形を彫り込んだ石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。写真は鋳型を反転している様子である。反転後の鋳型の上面には青銅器の原型が埋め込まれている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
鋳型表面の整形
弥生時代、鋳型には製品の形を彫り込んだ石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳型を反転後、上面の板を取り除き、鋳型を丁寧に整形する。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
離型剤の塗布
鋳造実験の鋳型には比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳造では、同じ方法で作られた2つの鋳型を貼り合わせ、内部の空洞に溶けた金属を流し込むが、写真は合わせ面に離型剤を塗布している様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
湯道の作成
鋳造実験の鋳型には比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳造では、同じ方法で作られた2つの鋳型を貼り合わせ、内部の空洞に溶けた金属を流し込む。写真は金属を流し込む通路となる湯道を、丸棒を用いて作成している様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

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吉野ヶ里遺跡(弥生時代)遺物(青銅器)銅剣の鋳造実験1
原型の取り外し
鋳造実験の鋳型には比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳造では、同じ方法で作られた2つの鋳型を貼り合わせ、内部の空洞に溶けた金属を流し込む。写真は片方の鋳型から青銅器の原型を取り外している様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)